ところで厚生次官連続殺傷事件の同じ日、ドンキホーテ連続放火事件の最高裁の裁判が行われ、無期懲役が決まったのだが。
以下引用
ドン・キ放火、無期確定へ=渡辺被告の上告棄却−最高裁
11月18日18時22分配信 時事通信
さいたま市の「ドン・キホーテ浦和花月店」で2004年、3人が焼死した火災など7件の量販店連続放火事件で、現住建造物等放火などの罪に問われた無職渡辺ノリ子被告(51)について、最高裁第2小法廷(古田佑紀裁判長)は17日付で上告を棄却する決定をした。無期懲役が確定する。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081118-00000122-jij-soci
で、ドンキホーテ浦和花月店の住所なのだが
埼玉県さいたま市緑区大字中尾260番地の1
yahoo地図で検索
一方、殺害された、さいたま市南区別所2の元厚生事務次官、山口剛彦さん
yahoo地図で検索してみると。。
近いですね。。
埼玉スタジアムを挟んで丁度反対側になります。
そして
東京都中野区上鷺宮2の元厚生事務次官の吉原健二さん(76)方玄関付近で、妻靖子さん(72)が宅配便業者を装った男に胸などを刺され、重傷を負った。
yahoo地図で検索してみます
この前の事件関連で見て来たところと近くないですか??
ドン・キホーテ連続放火事件と全てを結ぶ点と線
「イトーヨーカドー三ノ輪店」除草剤混入の男逮捕
ということで、ここで一旦、小泉毅容疑者を置いておいて、こちらの背景を探ってみることにしたいと思います。
まず、ドンキホーテ放火事件を裁判した最高裁の裁判長について見てみましょうか。
古田 佑紀(ふるたゆうき、男性、1942年4月8日 - )は、日本の元検事、最高裁判所判事(2005年8月2日- )。
略歴
▪ 都立戸山高校を経て、
▪ 1967年 東京大学法学部卒業
▪ 同年 司法修習生
▪ 1969年 検事任官
▪ 1984年 法務省刑事局参事官
▪ 1987年 東京地方検察庁検事
▪ 1990年 法務省刑事局青少年課長
▪ 1991年 法務省刑事局国際課長
▪ 1993年 法務大臣官房審議官(刑事局担当)
▪ 1998年 宇都宮地方検察庁検事正
▪ 1999年 最高検察庁検事
▪ 同年 法務省刑事局長
▪ 2002年 最高検察庁刑事部長
▪ 2003年 次長検事
▪ 2004年 退官
▪ 2005年 同志社大学法科大学院教授
▪ 2005年8月2日- 最高裁判所判事
wikipedia
なるほど
で、東京都立戸山高等学校出身なのですが、
東京都立戸山高等学校(とうきょうとりつとやまこうとうがっこう)は、全日制普通科の都立高等学校。所在地は東京都新宿区戸山三丁目。
略歴
皇典講究所の附属の私立学校として創設されたのが本校の由来である。当初は東京府尋常中學(日比谷)の補充的位置にあったが、その連絡もなくなり私立の共立中學校となった。ただ、1886年及び1891年の中学校令公布により、1府県1中学と定められたことにより東京に受験生が集まらなくなった私立各校とも軒並み経営が傾き、当時官公立校に対してだけ認められていた在学生に対する徴兵猶予や校地に対する免税などの特権を得る便法としての有利な条件も働き、数多ある私学のうち、共立中學(戸山)と共立學校(開成)が東京府の管轄下に入りそれぞれ東京府城北中學、東京府開成中學と名を改めた[1]。以後、開成は私立に戻り、戸山は府立第四中学と名称を改め、現在に至る。
wikipedia
東京都立戸山高等学校の人物一覧を研究してみてください興味深いです
で、この東京都立戸山高等学校出身の人達が、色々なところに出てくることにある時気付いたわけです。
で、この高校、興味深いのは、
皇典講究所から派生した高校であること。
それに、旧陸軍軍医学校の敷地内にあることである。
陸軍軍医学校 (りくぐんぐんいがっこう)は、かつて東京都新宿区戸山町に存在した旧帝国陸軍の医学系の教育機関のひとつである。現在の敷地には、厚生労働省戸山研究庁舎、国立感染症研究所、独立行政法人国立健康・栄養研究所が設置されている。
1989年7月、この軍医学校跡地において厚生省国立予防衛生研究所(現国立感染症研究所)建設工事の際、同地から約100体に上るモンゴロイド系人骨が発掘された。人骨には、銃の傷跡のある遺体や切り傷のある遺体が複数あったため、「細菌戦のための
731部隊による生体実験の犠牲者ではないか」などの疑惑が出た。
このため、1993年9月に遺骨の調査・研究を目的に、火葬・納骨の費用を支出しないよう求めた住民訴訟が提訴された(もっとも、遺骨を分析すれば人種の違い等は判明するが、中国人と断定したり遺骨の傷が生前に受けたものかどうかの判別は極めて難しいとされる)。2000年12月に住民敗訴の最高裁判決が確定し、これをうけ2001年6月、厚生労働省は「大量人骨は、戦場に遺棄された戦死体からの研究用標本」と結論付け、新たにつくる納骨堂に納める方針を固めた。
以上引用wikipedia
さて、この人骨騒ぎ、もうお気づきかもしれないが、宮崎勤事件の真っ最中なのであった(ということは、天安門事件の直ぐ後ですね)。
しかも、宮崎勤が逮捕される前日のことなわけです。
1989年7月22日、新宿区戸山の国立予防衛生研究所(現・国立感染症研究所)建設現場から、100体を越す人骨が発見された。
1989/07/23,平成1/07/23
連続幼女誘拐殺人犯人が、2人の女児を誘拐しようとして声をかけたところを女児の父親に捕まり逮捕される。犯人は青梅市の印刷業者の息子で宮崎勤(26)と判明する。
今回、奥さんが刺された吉原健二元厚生事務次官は、当時の厚生事務次官なのです。
そして、その陸軍軍医学校の敷地内にある国立健康・栄養研究所こそ、現在話題の食の安全を研究調査している機関なのである。
国立健康・栄養研究所(こくりつけんこう・えいようけんきゅうじょ、National Institute of Health and Nutrition)とは、栄養と健康に関する調査研究を行っている日本の研究機関である。2001年より独立行政法人となった。
1919年(大正8年)に、内務省の栄養研究所として設立される。前身は、1914年(大正3年)に佐伯矩によって設立された、世界初の栄養学研究機関である営養研究所である。(当時は栄養を営養と表記することが多かった。)
wikipedia
この場所です
同じ敷地内には、早稲田大学と学習院女子大があります。
ちなみに、歴代の防衛大臣の多くは、早稲田大学政経学部出身で、早稲田大学雄弁会出身者で占められています。
歴代の防衛大臣
以上のことを念頭に起きながら、この事件を解いてみるのがよいのかもしれません。
つづく