男子マラソンは、日本で走っているサムエル・ワンジルが優勝。
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デビューマラソンから注目していたが、この選手、メチャクチャ速い。
暑い夏の北京オリンピックで2時間6分代とは、想像を絶する強さだ。(僕の優勝予想タイムは2時間9分くらいだった)
このレヴェルで走られては、日本人の出る幕は全く無いだろう。
もし、金メダル穫りたいなら、ワンジルを帰化させるしかなかっただろう。高校時代から日本で走ってたのだから、充分可能だろう。でも、それは卑怯だって?でも、アメリカの選手は大抵そんなもんですよ。。。
これは、才能のあるアフリカの選手が、優秀な日本のトレーニングシステムとうまく合致したために、この驚異的なタイムでの優勝があるわけで、その辺は世界に誇っていいと思う。仙台育英高校並びに森下公一さん、はじめ関係者の皆さんはさぞ喜んでいることでしょう。
走るとか泳ぐとか飛ぶという行為は、身体能力に大きく依存しているので、残念ながら、遺伝的能力の差がはっきりと出る。
陸上で走る競技のほとんどで黒人の優位性は明らかだ。
男子100メートルで、10秒を切った選手は全て黒人である。
にも関わらず、日本が4X100mリレーで銅メダルを獲得したのは、歴史上の偉業だろう。
これは、黄色人種の限界への挑戦として歴史に刻まれると思う。
日本の陸上短距離がやってきたのは、走法の改良だ。
末次慎吾が世界陸上200mで銅メダルを獲得したのは、新しい走法理論による技術革新があったためだ。
しかし、技術革新は、フォロワーにとっては習得しやすいものでもある。それは、いずれ他者にも習得されてしまうのだ。そうなれば、もう自分達の優位性は無い。
その後の日本短距離界の停滞は、そのことと密接な関わり合いがあるだろう。
今回のオリンピックでは、準決勝まで進めたのが男子100mの塚原だけという結果だった。
しかし、リレーではメダルを獲得したのである。
この銅メダルは、リレー向きの走法とバトンパスの技術革新の成果といっていい。
リレーは個人の能力のみで走るのではなく、全体として速くなければならないからだ。
日本人(黄色人種)は速い。
少なくても白人よりも速い。
白人と比べてスタミナが劣るわけでもない。
パワーは劣るけれども。。
ということは、サッカーにおける日本の方向性がこれで良いのか?という疑問を産むことにもなるだろう。
日本はスピードで敵わないことを前提にサッカーの基本方針を定めているようだが、その方法論は決定的に間違っている。
むしろ、イタリアやドイツやアルゼンチンといった白人中心の強豪国を相手にする時、日本のスピードこそが武器になるはずだ。
では、なぜそれにも関わらず日本のフォワードがスピード不足に見えるのか?
それは、フォワードの選手が前線でプレスをかけ過ぎているためである。
日本型サッカーの論理では、スタミナに傾いた選手がフォワードになってしまっているのだ。もしくは、スタミナ強化によってスピードを奪っている。これは本末転倒であると思う。
優秀な点取り屋を育てたかったら、スピードのある選手をスタミナ強化によって潰さないように育てること、そしてそれを活かせるようなシステムを創り上げること。
それが、日本のサッカーが世界でメダルを獲得するカギとなるだろう。
選手交代もポイントだ。
速い選手を投入することが出来るからだ。
そしてもう一つは技術革新である。
日本のコーチ陣は、欧州の最新システムの分析には詳しくて、それをフィードバックするカタチで日本のサッカーに取り入れているが、それをやっている限りでは、永遠に欧州の上には行けないだろう。
日本のカギは、絶えざる技術革新にある。
その技術革新が大舞台で花を開いてこそ栄光があるのではないか?
それは、新しい思考に基づいた方法論の実験&実戦である。
イチローがなぜ世界最高峰のバッターになれたのか?
なぜ、イチローや松坂や渡辺俊介が居たWBCで日本が世界の頂点に立てて、今回がダメだったのか?
それは技術革新の欠如だといっていい。
技術革新をベースにした新しい方法論の追求。
そこに日本サッカーの未来もかかっている。
そう思った北京五輪でした。