東山魁夷とナチスドイツ
東山魁夷と会田誠
の続き
東山魁夷の第二のピーク、それはやはり北欧旅行をモチーフにした
『白夜行』だと思います。
僕はヘルシンキ上空から、こういう光景を実際に見たことがあります。
なんてスゴい景色なんだろう!!と思ったけれど、雪のヘルシンキに2日間滞在しただけなので、実際には体験しておりません。
ところで、
『白夜行』は”紙本着色”です。
従来の”絹本着色”ではありません。
日本画の良さというのは、一つ重要なことに”絹本着色”の素晴らしさというのがあるわけですが、ここでは、あえて”紙本着色”なわけです。
これは、一つにはやはり、針葉樹と北国の光を描くのにあたっては、”紙本着色”の方がベターだったということだろうと思います。
絹というのは、どちらかというと、常緑の照葉樹林帯の産物ですから、光の加減が違うのかもしれません。
もちろん、紙にも様々種類があるわけですが、顔料を乗せたときに、最もピンとくる紙を使わなければスゴい芸術は出来ません。
東山が使用した紙が、針葉樹の紙であったかどうか?までは知りませんけれども。。
僕は、ものすごくこの
『白夜行』が好きなのですが、それは、この風景が北八ヶ岳に似てるということもありますね。
東山は、信州と関わり合いが大変深くなり、自身の美術館をオープンするようになりますが、自身の内的な風景と親近性があったのでしょう。
北八ヶ岳周辺というのは、縄文時代に大きな集落があった地帯であり、山の頂上には花崗岩で出来た舞台になり得る場所が多く存在していますし、私達の原風景に大きな影響を与えている土地です。
それは、かつてゲーテ(ドイツ人)が、芸術の根本や世界の根本を『花崗岩』つまり、世界の中心であるマグマから吹き出して固着した岩に、最も崇高なものを見たことと同様なことです。
フリードリヒも、その流れの中で制作したわけですから。
ですから、東山の根本には、こうしたゲーテ的な超越性=山岳信仰的なものが内在されていると思います。
ただし、東山のは、日本なので、もっとおだやかではあるのですが。。
帰国した後の、京都のシリーズも素晴らしいのですが、それはやはり北欧を描いた後に”紙本着色”で日本を描くというところに、何か重要なことを発見したからなのかもしれません。
そしていよいよ、唐招提寺障壁画が登場するわけです。
つづく