後藤田正晴氏は、旧内務省から警察官僚になり、日米安保闘争や連合赤軍の浅間山荘事件、よど号ハイジャックなど、激動の時代、警察庁長官を務めていた。
もちろん、これらの一連の事件は、対共産圏云々だけではなく、ヴェトナム反戦運動を潰す為の米軍の作戦である部分がかなりの部分あったであろうから(その辺に関しては、、アメリカの非暴力不服従運動の代表格であるD.デリンジャーの自伝「アメリカが知らないアメリカ/反戦 非暴力のわが回想」を読むことをオススメします。)
日本という国の維持のために、相当の部分嘘をつきながら決定を下さなければならない部分があったことは、容易に推測できる。
その後、彼は中曽根=レーガン政権を支えるが、一環として、その暴走を抑える役割を果たしていたと言われている。
だから、彼は、いわゆる正義の味方ではなく、現実の世界の嘘や危険を分った上で、現実に国が悪化しないようにがんばった、きわめて現実的な政治家であったのだと思う。
晩年テレビで、よく後藤田氏がインタビューに答えていたが、いつも鋭い発言をなされていたことを記憶している。
彼が、死ぬ前に、マスコミや一般国民に対して言った苦言を思い出す。
「わーわー騒ぐ前に、ちょっと待った、それは本当に本当なのか?確かめたのかね?
そういう情緒に流されるのが一番まずい。
付和雷同っていうのが一番危険なんだ。」
米国の支配下にある日本にあって、現実の世界の嘘の中を、警察官僚や政治家として、なんとか悪くならないように保ってきた、後藤田氏ならではの、奥の深い発言であったと、僕は考えている。
第二次世界世界大戦を引き起こるのを防ぐ手だてはなく、なんとか東西冷戦時代には日本を戦争に巻き込むことなく役目を終えた後藤田氏はもうこの世には居ない。
「私が左派か?って?
日本の右傾化は激しい。私は保守派だ。その保守である私が左翼であるかのごとく言われるくらい真ん中が右に行ってしまった。」
「君たちは岸信介の本当の恐ろしさを知らんのだ。」
うろ憶えですが、こんな感じだったと思います。