アイルランドの西岸に、リムリックという街がある。
リムリックは、町中にコークスを燃やす不思議な匂いが漂う海辺の街だ。
この街のはずれに ハント博物館がある。
http://www.huntmuseum.com/
ふつう博物館というと、社会的、歴史的に意味のある資料性の高いものを集めるものだが、ここは私立の小さな博物館ということもあり、収集家が、ある一定の美意識に沿って、土器や鉄器や陶器などを集めている。
それだけに、普通の博物館では見えなかった、”創作の本質”や”文化の本質”が明らかになる部分があったように思う。
もしも、この博物館に行っていなかったら、あるいは、僕はもっと違うことを言っていたかもしれない。
ある時、自分が本当に好きなもの(芸術、美術)を並べていった時に、そのほとんどが、『ケルト』か『ユダヤ』か『日本』に由来しているものだということに気付いた。
『ケルト』は、ローマ人が北上して北ヨーロッパを支配するまで、独自の文化を築いてきた民族だ。
その歴史に僕はあまり詳しくはないのだが、博物館でアイルランドの人が作ったオブジェを真剣に見ていくと、どのようにして、ケルトがローマ人に侵略され融合し、ある部分が生き残っていったのか?が分るようになった。
それは、ある種、どんな歴史の本を読むよりも、心の底から納得のいくものだったと思う。
人は、一次情報に触れない限り、その本質は絶対に理解することは出来ないのではないか?
これは、僕が、世界を見る時の本質だと思っていることだ。
青銅器時代の道具を見る。
当初稚拙だった青銅器は、やがて技術的な発展を見せ、美術品と呼んでもおかしくない、美しい青銅器が作られるようになる。
模様は、いわゆる渦巻きのような、自然をモチーフにしたものが多い。
でも、そんな象徴よりも、むしろ、真剣に青銅を作る結果として、青銅器の頂点とも呼べるしっかりした構造の青銅器が産み出されていて、それに僕は感動する。
そして、その青銅器の頂点の作品達は、日本にある青銅器と瓜二つなのだった。
おそらく、素材そのものと真剣に向き合った時に、産まれた技術やカタチの頂点というものは、ものすごく似ているのだろう。
この青銅器を見た時に、僕にはある確信が産まれた。
それは、文化の本質とはこのようなものだという確信だ。
現在、世界中の国々では、自国の文化を守ろうとか賛美する言説に満ちあふれているように思える。
でも、僕等は”素材と真剣に向き合う”という立場にたった時、言い換えれば、”自然と真剣に向き合った時”に産まれてくる『文化』には、”本質的な共通性がある”という確信を抱くようになった。
そのことがあるから、文化を大切にしましょう云々という運動には、根本的な疑念を抱くようになった。
僕は、ふつう言われている『文化』よりも、もっと先にある『普遍的な何か』が好きらしいのだ。
そして、その『普遍的な何か』こそが、僕達に芸術的感動を与えてくれるのではないか?
それが、目下の仮説である。
もう少し、青銅器を真剣に見てみよう。
ローマ人が北上し、ケルトの土地にキリスト教がもたらされる。
すると、ケルトの青銅器は、ケルトの本質を身にまといながらも、キリスト教のシンボルをも内包した、魔術的な青銅器に変化する。
そしてその青銅器は、ものすごく魅力的なのだ。
しかし、そんな時代はわずかしか続かない。
やがて、青銅器は、キリスト教のモチーフの単純なコピーに成り下がっていくのだった。
これもまた、美が産み出される本質と呼ぶべきものだと思う。
つまり、自然や素材と真剣に向き合う人達がいる。そして彼ら(彼女ら)は、ものごとの本質に迫るものを作り出している。
そこへ、全く違った文化、慣習、方法がもたらされる。
そうすると、それらは、混じり合い、反発しあって、思いもかけないような”傑作”が産み落とされる。
やがて、そのような化学的な反応は消え去り、シンボルや習慣のみが残っていく。
文化や美やものは、必ずこのようなプロセスを辿るのではないか?というのが、僕の仮説である。
つまり、優れたものを産み出すためには、異文化の衝突や新しい触媒が不可欠だということだ。
貿易というのは、そのような視点から考えて、必要不可欠なものだと思っている。
ルネッサンスが花開いたのも、室町時代に茶の湯の芸術が作られたのも、印象派の絵画が誕生したのも、明治後期から大正時代に日本画が誕生し、夏目漱石などの文豪が登場したのも、全ては、異質なものとの出会いによる葛藤から産み出されたものだと思うのだ。
職人とデザイナーの関係もそうだと思う。
本質を追求する職人と、異質な方法論を持つデザイナーが出会っ
たとき、美は産み出されるのではないだろうか?
自国の文化を、ある一定のレヴェルに保つためには、外部との出会いが必要である。
逆に言うと、保護主義とは絶えざる革新である、といっても良いかもしれない。
本当の『文化』の保護とは、そのようにして行わなければならない、僕は基本的にそう思います。